2018/05/05 18:10

三崎稲荷神社例大祭―宮神輿町内巡幸渡御

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2日目は宮神輿が、三崎稲荷神社から氏子の町内を巡幸しました。 朝8時半に三崎稲荷神社に行ってみると、境内には神社のお御神輿が出ており、鯛や御餅などが備えてあります。その前で宮司さんが祝詞を唱えていました。 それから、氏子代表があいさつをし、鳶衆の人たちの木遣りの声が聞こえてきます。木遣りの後は神田一本締めで、宮神輿が、境内から出てきました。 最初に神輿を担ぐ町会は神田三崎町町会です。

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お宮から出た宮神輿をいったんおろして、神田三崎町会の氏子の人たちが集まってきました、宮神輿の前の台に乗った青年部の人が拍子木を打って出発です。 獅子舞の獅子頭が2頭先頭に、宮司さん、御囃子、大神輿小神輿の宮神輿の順に行進していました。 宮神輿は、各町会の氏子が、町会の地域に来ると、バトンのように、担ぎ手を交換しながら、巡幸していきます。 

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御神輿は、神田三崎町会、ついで三崎町一丁目町会、西神田町会、神一北部町会、神西町会、西神田町会、西神田三丁目町会、北神田町会、神三町会、一神会と引き継いでいきました。 宮神輿が到着する前に、各町会は子供神輿や町会神輿は、町内を巡幸しています、 3時過ぎになり、専大通り交差点の前に、神三町会の氏子の人たちが、宮神輿を担いできました。 最後の担ぎ手の町会の一神会に引き継いでいます。 専大通り交差点の専大通り側の道路に神三町会の氏子の人たちが宮神輿を下しました。神三町会の青年部の人が台に乗り拍子木を打ち、神田一本締めをすると、宮神輿を担いでいた神三町会の氏子の人たちが散っていき、神一町会の氏子の人たちが集まってきます。

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今度は神一町会に青年部の人が台に乗り拍子木を打って出発しました。さくら通りに宮神輿が入っていきます。 これから、町内を巡幸して、宮神輿は三崎稲荷神社に戻り、帰社祭を行い、終わります。

各町内会の役員及び委員の皆様長い間、お疲れ様でした。

そして、ありがとうございました。

 

島田 敏樹

2018/05/04 18:15

三崎稲荷神社例大祭―町会神輿宮入

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2年に1度行われる神田祭りの本祭りのない年には、三崎稲荷神社のお祭りがあります。 今年は三崎稲荷神社のお祭りの年です。 神田祭りと三崎稲荷神社祭りは前日御神輿の庫だし、御霊入れを行うのは同じです。 神田祭りは、初日に神幸祭で宮神輿が氏子の町内を巡幸し、二日目に各町内会の神輿が宮入り(初日の夜宮入をする町内会もあります。)後、町内巡幸しますが、 三崎稲荷神社は、各町内会の神輿が初日に宮入をし、二日目に、町会神輿の町内巡幸し、宮神輿を各町内会の氏子から氏子へと担ぎ手を引き継ぎながら渡御していきます。 お祭りの御神輿は、厄払いと商売繁盛を願って、各町内を隈なく、巡幸します。

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巡幸する氏子の各町会の区分けは、行政区画と異なります。神保町2丁目は靖国通りを挟んで、北側が北神町会ですが、南側の一神町会は、神保町2丁目ばかりでなく、一橋も含まれます。 神保町1丁目については、靖国通りを挟んで北側の神一北町会は三崎稲荷神社の氏子ですが、南側の神一町会は神田明神の氏子となります。 神保町3丁目の他、西神田、神田三崎町等の神保町以外の町会も三崎稲荷神社の氏子です。

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お祭りは、午前中は各町会で、子供神輿等があり、 午後から各町会の御神輿がさくら通りを小学館の方に向かって横断してきました。 最後はさくら通りで待機していた一神町会の御神輿が、各町会の御神輿と合流して、小学館の方向に向かって行進します。 合流した各町会の御神輿は、小学館から神保町交差点を目指して進んで行きました。

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各町会の御神輿は、道路を閉鎖し通行止めにしている神保町交差点に集合します。 そこで、各町会の御神輿は競い合うように旋回しました。 ひとしきり旋回した後、御神輿の前に各町会の青年部の人が台を置いて、その上に乗り拍子木を打って、神田一本締めをします。 すると今度は、各町会の御神輿は通行止めしたままの白山通りを水道橋の駅に向かって順番に進んで行きました。 白山通りを西神田の純喫茶エリカのある通りに着いたとき、左に曲り、専大通りに出ました。そこから、三崎稲荷神社を目指して行進します。

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三崎稲荷神社に着いた御神輿は、各町会ごとに順番に三崎稲荷神社の境内に入って行きました。 三崎稲荷神社に入った御神輿は順番に出て行き、各町会に戻ります。 お祭りの1日目は終わりました。

 

島田 敏樹

2018/04/29 18:18

おさんぽ神保町25号配布

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神田すずらん通りの街路樹のマロニエ(紅花とちの木)が紅色の花を咲かしていました。 おさんぽ神保町の春号の印刷があがってくる季節です。 おさんぽ神保町の印刷があがってきたら、地元の商店に配布に行きます。 今日スタッフが集まり、配布しました。 駿河台下から、靖国通り沿いの店舗に設置をお願いして回ります。 配布するおさんぽ神保町25号を見ると 表紙は、神保町女子のOLコハル子さんが写真を撮っているところです。

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今回から表紙のイラストの担当者が変わり、イラストの雰囲気が変わりました。今回のイラストもなかなか味があります。 コハル子さんが撮っているのは文房堂さんの建物でした。 文房堂さんの建物は大正11年(1922年)に建てられましたが、大正12年の関東大震災で焼失します。焼失を免れた正面外装部分のみ記念に保存し内部を建替えて現在に至ります。 おさんぽ神保町の中を開くと、第32回すずらんまつりのご案内の 次に、特集の神保町レトロ建築さんぽが掲載されていました。

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建築専門の書店(古書ばかりでなく新刊の建築の本も販売しています。)南洋堂書店の関口奈央子さんが解説しています。 学士会館と一誠堂書店の建物が書かれていました。 学士会館の建物は昭和3年(1928年)、一誠堂書店の建物は(昭和6年(1931年)。関東大震災以後、鉄筋コンクリート造の建物として竣工されます。 同じページに、大正14年(1925年)頃竣工された十一軒長屋が、掲載されていました。 明治36年(1903年)の神田古本分布図を見ると、関東大震災前の駿河台下から神保町交差点までの間には古書店はあまりありませんでした。

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映画「ウォーナーの謎のリスト」を観に行ったとき、巌松堂に勤めていた藤井正さんが戦時中招集され、宿直で一緒になった本好きの中尉と、神保町の三省堂書店から九段下までの本屋の店名を順に言い出すシーンがあります。 十一軒長屋ができていたこの時代には長屋に多くは書店が入っていたと思われます。 映画では、その後中尉は特攻に行き亡くなりますが、 その数日前、藤井さんを外地に行かないよう上司に取計らい、藤井さんは生き残りました。 おさんぽ神保町の配布に靖国通りを歩き現在2軒のみ残っている長屋の前を通ります。

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2軒の長屋に入っていた「本と街の案内所」は、すずらん通りに移転してシャターが閉まっていて、三鈴眼鏡店は休みのためシャターが閉まっていました。

 

島田 敏樹

2018/03/31 18:26

神田明神奉納プロレス

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相撲に奉納相撲があるように、プロレスも奉納プロレスをやってみようと、 神田すずらん祭りや神保町ブックフェスティバルでおなはし会をしたり、地元の劇団の神田時来組でも活躍されているホワイトカレーの神保町チャボの店長の根岸さんが、神田明神の祭務所地下ホールで奉納プロレスを開催しました。 11時にねぎかぉコショタンのお話し会、ちびっこプロレス教室等子ども向けのイベント。 昼にイベント用に館内で売っていた神保町チャボさんのホワイトカレーを食べて、 14時からゴングです。

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14時に館内に戻ってみると満席ですごい熱気でした。 第1試合は神田そば打ちレスラー櫻井匠とちびっこプロレス教室校長渡辺宏志の神田プロレス組VSピラミット王 秀・オブ・ザ・イルミティと神田でも番町松崎和彦の悪者レスラー組の対戦です。 レフリーの見ていないところで、秀・オブ・ザ・イルミティさんが椅子を使って反則をしてきたのに対し、低い天井に関わらず、櫻井匠さんのドロップキックの技が決まっていました。

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次の試合は神田プロレス選手会長那須晃太郎と神田スポーツ店連絡協議会公認レスラー神田スキーフェラリ―組VS浅草プロレス主催雷神矢口と忍者ファイター茉峲組の対戦です。 那須晃太さんは観客に神田、神田のコールをあおって浅草が地元の雷神矢口さんと対抗していました。 この試合は、神田スキーフェラリ―さんの引退試合で、神田スキーフェラリ―さんは雷神矢口と茉峲組の反則に耐えて、スリーカウントのフォール勝ちします。 試合後神田スキーフェラリ―さんの引退セレモニーで、角谷さんが記念品を渡しました。

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本日のメインイベントはCCWカナディアンヘビー級王者藤原秀旺対正則学園野球部出身レスラー佐藤恵一のタイトル戦です。 王者藤原秀旺さんは最初は、紳士的に握手をしてきたものの レフリーの見ていないところで、スーツから凶器を取り出したり、場外どころか館外に飛び出すなどの大乱闘。

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佐藤恵一さんは立ち直って、エルボードロップを繰り出して反撃しますが、 最後は、王者藤原秀旺さんのバックドロップで、スリーカウントのホールド負けでした。 迫力満点の試合でした。

 

島田 敏樹

2018/03/11 18:39

おさんぽ神保町地図校正

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フリーペーパ―のおさんぽ神保町の25号の最後のページに載せる地図校正の時期が来ました。 毎回地図に載せる店舗に変動がないか調査するため、街を歩いて、地図を校正するのです。 神保町交差点の岩波ホール前におさんぽ神保町のスタッフが集まり、それぞれ担当する街を歩いて回りました。 私が担当したのは、神田すずらん通りです。 神保町交差点から白山通りを下って行き、 さくら通りの前で、白山通りを渡ります。 地下鉄の入り口から、さぼうるの通りに入り、まっすぐに行くと、定食屋の「ふらいぱん」が閉店していました。

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神保町の街の変化は、他の街に比べ緩やかですが、それでも少しずつ変化しています。 ここ数年、神田すずらん通り界隈は、大きく変化しました。 チャーハンの大盛りが桁外れだった町中華の徳萬殿 陽の目を見ない昭和の本に光をあて、蘇らせてお店に並べていたキントト文庫 写真集、コミック、ゲーム雑誌等新刊本が並んでいたすずらん堂

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特色のあるお店が、神保町から消えていくのが、胸が痛みます。 昨年、おにぎりの小林が閉店したのはすごく残念でした。 おにぎりの小林は、昔、果物店でした。 その頃、サンドイッチも置いてあり、買いに行きました。 その側には、大きな猫が寝ていて、近づいても逃げませんでした。 それから、しばらくしておにぎりが売られているようになり、すずらんまつりや神保町ブックフェスティバルのボランティアの昼休みの時、毎回たべました。

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おにぎりは、短い昼休みに早く食べれて、ワゴンを見て回ることができるので助かります。 三省堂書店の前の神保町シアターに行く道を曲りました。 神保シアターの隣りには、ラーメン二郎が移転してきています。 長い行列が十字路で途切れながら並んでいました。 その先を真直ぐ行き、神保町三井ビルにでます。 神保町三井ビルの噴水の前で、寒桜が咲いていました。

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島田 敏樹