2022/06/10 14:58

「ようこそ本の街、神保町へ!」 No.6 沙羅書房さん

1.jpg

今回紹介するのは沙羅書房さん。取材に応じてくれたのは創業者で会長の初谷康夫さん(85)。同書店は書誌学、歴史学、民俗学などの和本、古地図の専門書店で、その蔵本は大学や国立博物館などに質の高い資料としておさめられている。またアイヌ、琉球関係資料も独立間もない頃に顧客から買受けた本が好評を博し、周りも扱いがなかったことからその後も同書店の品ぞろえの一角を占める。現在社長は息子の康行氏がつとめ、自身は会社のバックアップをしているという。初谷さんは栃木県佐野市の出身。昭和31年に神保町の老舗古書店である一誠堂書店さんに入社。当時は住み込みでの仕事だった。10年余りの修行を経て昭和42年に独立。沙羅という名前の由来は平家物語の“沙羅双樹”から。親戚が日本橋で戦前から営んでいた出版社だったその社名を独立を機に引き継いだそうだ。和本、古地図に興味をもったきっかけとなったのは一誠堂書店時代にお客様に届ける本に含まれていて、時代を経たものでも安価だったり新しいものでも高価だったりとその価値の値付けが洋装本より顕著なことに気付いたこと。また絵入りの和本に描かれている当時の風俗などから臨場感を味わうことができ、その鮮烈さに魅了されてその絵の面白さから古地図にも関心を深めたという。また外商の仕事を任されて貴重書を所持する個人や各種施設に幅広いネットワークが出来たことが今でも役立っていると振り返る。昭和40年初頭、まだ日本が高度経済成長期で大学進学率が3割にも満たなかった時代、団塊の世代の大学進学期と重なり大学が空前の新設ラッシュとなる。更に図書館や博物館などの開館と相まって和本や古地図が飛ぶように売れた。昭和30~40年代はまだコピー機が普及しておらず、研究のための本を必要とする研究者、時代小説を執筆するため大量の参考文献を必要とする作家からも多くの注文が集まった。しかしかつて盛況だった古書市場も平成に入りバブルが崩壊すると売上も激減、状況は一変する。それでも平成に入ってしばらくはヨーロッパなどの海外に年に2、3回ほど出向いた。実際に本を手にとって面白い買い付けも出来たという。だがネット普及後はロンドンやパリでも賑わいを見せていた本屋街が姿を消した。そして今や世界に類のない本屋街となった神田神保町。古本市は世界的にも有名で実に多くの人が集まり本をアピールする場となっている。大きな資本力のある本屋ではなく、小さな軒並み百軒以上集まっている本屋で、同じ形態で同じようなものを売っている店は一軒もない、独特の商売をやっている、それが強みと語る。沙羅書房さんでは年2回、古書目録を発行しているが、古書は題名だけ見て注文するのでなく、手に取ってじっくり内容などをチェックしたり、確かめながら買うのが本道。ネットでの手軽な販売を望まない。目録を通して、お客様からの反応を大切にしているという。

本屋に足を運ぶことの意味

2.jpg

初谷さんに次の世代に伝えたいことを聞いた。「とにかく学歴だけでない、教養を身につけてほしい。とくに古書を扱うには筆字、仮名文字など文字をきちんと読めるようにしないといけない。」初谷さんも初めは顧客に本を届けるだけで知識はなかったが、東京古典会大市の運営などを手伝ううちに少しずつ和本や古地図の知識を身につけ、独立後は誠心堂書店の義父から教わった。研究者の顧客のもとへ本を持って行った際に教わることもあったのだそうだ。見たものを記憶しておくことが重要になる。本屋を巡ると類書が手に取って見られる。それが大事なのだと。ネットで本を検索しても点でしか見られない。ネット情報はあくまでアンチョコ、表面的で深みがない。見比べることで身につく知識も多い。まさに自身の体験からだ。本屋はそういう貴重な場を提供してくれる。初谷さんの言う教養を身につけるとはインターネットなどでともすると手っ取り早く得られる知識や情報ではなく、身をもって経験知を積み上げることではないかと思えた。和本や古地図を扱うにはとにかく知識を積み重ねることが必要で奥が深い。実際に手に取って見ているからこそ蓄積される知識や経験があり、それこそが古書店の技術である。ひたすら知識を積み重ねることで正確な価値判断ができるようになり、市場で落札できるようになる。書誌的な面白さに加えて市会における入札の駆け引きもまたこの商売の醍醐味。善本を落札することができれば目録が充実し、店の個性ともなる、と初谷さん。まさに目利き、職人の世界だ。また古書店の仕事は作家との関わりも深く、独立前の一誠堂書店時代から松本清張氏、司馬遼太郎氏、井上靖氏など錚々たる作家との交流のことも同社の五十年誌に記されている。本に関する限り作家より古書店主のほうが詳しいということも珍しくないと作家の逢坂剛氏は寄稿している。作品を読むと自身が選んだ資料がどこに使われているかがよくわかるのだそうだ。「85歳、まだ現役です。市場にも週2回行ってます。」取材を振り返り初谷さんの言葉が印象に残った。

※写真は杉田玄白「解体新書」版本

※本稿はインタビューのほか「古書の道 沙羅書房 五十年誌」の内容を一部引用

最後に一言

日本史・地誌(アイヌ北方、琉球関係)、民俗学、考古学の学術書が充実。国文や地誌についての和本・江戸から明治期の古地図を揃えています

沙羅書房初谷さん、ありがとうございました!

ライター:みずも