編集室だより

松栄亭

2016年 7月 30日by  島田 敏樹
コメント:0 トラックバック:0

松栄亭に夏目漱石が食べたという「洋風かき揚げ」を食べに行きました。

松栄亭は神田須田町1丁目にあります。
松栄亭のある神田須田町1丁目と淡路町2丁目の界隈は、昔、連雀町といわれ、まつや、竹むら、ぼたん、いせ源、藪蕎麦等趣のある老舗名店がある地域です。
連雀町の名前の由来は、商人が品物を背中に背負う用具の連雀造りの職人が集まった町だったことから付けられました。連雀町は職人の街でした。
神田は、小川町交差点を超えて、東と西とでは気質が違うと言われています。職人の街として、江戸から続いてきた街と、明治維新後、学生の街としてできた西の神保町とは同じ神田でも、違うのでそのように言われるのでしょう。

松栄亭に行くために、神保町の靖国通りを真直ぐ須田町を目指します。
例年よりも遅い梅雨明けが宣言されて、暑い7月30日に靖国通り沿いを神田須田町に向かって歩いて行くと、本郷通りとぶつかる小川町の交差点に、涼しげに鳴っている風鈴がつるされていました。
小川町の交差点を超えてさらに靖国通りを進み、須田町の外堀通りを超えて、りそな銀行を曲ると松栄亭が見えます。
松栄亭につくと、懐かしい洋食屋さんの店構えでした。中に入ってメニューを見ると、洋風かき揚げ、ハヤシライス、カレーライス等があります。
カレーライスは、以前注文しました。懐かしい味がします。明治41年発表された夏目漱石の「三四郎」にでてくる本郷通りの淀見軒のライスカレーもこういう味がしたのではないだろうか。

今回はハヤシライスと洋風かき揚げを注文しました。
店内を見ると、数年前、TBSテレビで放送された「天皇の料理番」のポスターが貼ってありました。
「天皇の料理番」は明治生まれの秋山徳蔵が西洋料理の料理人になるため、福井から東京に出て天皇の料理番になる物語です。
ポスターには秋山徳蔵役の佐藤健さんと徳蔵の妻役の黒木華さんのサインがありました。松栄亭の3代目が、昔、宮内庁の秋山徳蔵の下で働いていたことがあり、その関係で2人はTBSの「ぴったんこカンカン」という番組で訪問し、ハヤシライスを食べたそうです。
ハヤシライス発祥は、秋山徳蔵が宮廷で創作し広まったという説があります。その秋山徳蔵の下で働いていた先代から引き継がれたハヤシライスを食べてみました。

ハヤシライスを食べ終わると、洋風かき揚げを持ってきてくれました。

洋風かき揚げは、ドイツ系ロシア人のフォン・ケーベル博士の教え子の夏目漱石と幸田延子(幸田露伴の妹)が、お屋敷を訪問した際、博士のコックだった初代が「何かめずらしいものをすぐにこしらえてください。」と言われ、ありあわせの材料で作り、好評だった料理です。
明治40年に松栄亭を開業した時に「洋風かき揚げ」が、正式メニューに加えられました。
豚肉とねぎを小麦粉でつなぎ合わせて、衣をつけてあげてあります。 辛子とデミグラスソースをたっぷりかけて食べました。衣の中は卵がいっぱいの小麦粉の中に細かく切った豚肉とねぎが入っています。

洋風かき揚げを食べてお腹いっぱいになり、お会計を済ませて、お店を出ました。
お店を出て、靖国通りに出ると、浴衣をきた女性の二人づれが、下駄を鳴らして歩いていました。
今日は隅田川の花火大会です。

神保町おさんぽ地図

神保町おさんぽ地図はこちら(PDF)

コメント

前後の記事@編集室だより

«
»

トラックバック

この記事のトラックバックURL
https://osanpo-jimbo.com/blog/staff/16809/trackback

「松栄亭」へのトラックバック: