編集室だより

靖国神社―みたままつり

2016年 7月 14日by  島田 敏樹
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靖国神社のみたままつりが、7月13日~16日の間にあると聞き、見に行きました。
靖国通りを真直ぐ行き、俎板橋を超えると、靖国神社の大鳥居が見えます。
大鳥居の前まで行くと境内の中の大小の3万の奉納の提灯がぶら下がっていまいした。
境内の奥には、大村益次郎の像があり、その下で、盆踊りを踊っていました。

靖国神社の大鳥居から境内に入り、大村益次郎の像に向かって歩きした。

靖国神社は、戊辰戦争や西南戦争などの内戦の官軍の新政府の戦没者を慰霊するため建てられました。
そのため、高杉晋作、大村益次郎等長州藩や薩摩藩等の新政府の功労のあった維新の志士は祀られていますが、旧幕府軍の戦没者は祀られていません。

今年も境内に、屋台はありませんでしたが、それでも、浴衣を着た女性の二人組、外国人等が歩いていました。意外と若い人が多いようです。

境内の左右には3万の提灯が、オレンジ色に光ぎっしりとぶら下がっていました。

盆踊りを、踊っている人がいる、大村益次郎の像の前に着きました。
夏目漱石が「三四郎」で、画家の原口が、この大村益次郎の像をこきおろします。
夏目漱石が靖国神社の前身の招魂社をあまり敬意を払わず、明治の文明批判しているのも、夏目漱石は江戸っ子だったので、薩長の新政府に対しては批判的だったのでないかと言われています。

大村益次郎の像を過ぎ、第2鳥居の前に行くと、法被を着た人たちが、ねぶたを引いていました。今日は小雨だったので、ねぶたにビニーを被っていました。

夏目漱石は、「坊っちゃん」で、西洋かぶれの赤シャツを、江戸っ子の坊っちゃんが懲らしめて、江戸っ子の夏目漱石が、新政府が進める西洋化を皮肉ています。

大村益次郎の像の方に戻ると、売店がありました。屋台は出ていませんが売店はやっていました。売店でビールといか焼きを食べました。

靖国神社は、日露戦争後戦没者の英霊を祀られるようになります。

ビールといか焼きを食べて、大鳥居に向かい大鳥居から、北の丸公園の方を見ると、常燈明台が、戦没者の英霊の向かい火をたいていました。

九段の坂を下って行き、九段下から東京メトロに乗って帰りました。

定本 漱石全集 岩波書店 は2016年12月刊行予定

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