編集室だより

太田姫稲荷神社

2016年 5月 15日by  島田 敏樹
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5月15日は、太田姫稲荷神社のお祭りです。

太田姫稲荷神社は、太田道灌が天然痘を患った娘の回復を京都の一口稲荷神社に祈願したところ治癒したことから、江戸に勧請して建てられた稲荷神社です。

場所は、駿河台下から、明大通りを御茶ノ水駅に向かって進み、日大理工学部の手前の駿河台道灌道を真直ぐ行くと有ります。

太田姫稲荷神社は、鬼門除けとして江戸城内の鬼門に建てられました。 その後、徳川家康が江戸城の拡張するため、駿河台の聖橋の袂に移されます。さらに昭和6年(1931年)の総武線の開通工事により現在の場所に移されました。

JR御茶ノ水駅東口から出て本郷通りに突き当たる、淡路坂に向かう聖橋の袂に大きな椋に木があります。

椋の木の根元には元宮と書かれた木の札と太田姫稲荷神社が徳川家康の時代ここに移転し総武線開通工事で移転したという説明の書かれた木の板が巻きつけてありました。

その下に「風邪咳封御守り」が入った入れ物が設置されています。自由にもっていけるようになっていました。

ちなみに太田姫は、
鷹狩りに出かけ雨にあい蓑を借りようとした太田道灌に
山吹の枝を差し出し、
「七重八重花は咲けども山吹の実の一つだになきぞ悲しき」
という歌に寄せて蓑を持っていないことを示唆した娘とは別人です。

太田姫稲荷神社の氏子は、神田錦町1丁目、小川町2丁目、神田駿河台全域になりました。


お茶の水小学校(旧錦華小学校)は猿楽町にあり氏子ではありませんが、少子化で子供が少ないため、子供みこしを担ぎます。
おさんぽ神保町21号の「夏目漱石没後100年。漱石の学びの舎を錦華小学校を訪ねて」でお世話になった御茶ノ水小学校の先生が、生徒をつれてきていました。

御神輿は、太田姫稲荷神社の宮神輿が、朝8時半に、太田姫神社を出て、錦町1、2丁目を通過して、神田橋で折り返し、小川町交差点に向かって本郷通りを行き、靖国通りを曲って12時に太田姫稲荷神社に戻ります。
12時50分に再び、太田姫稲荷神社を出発して、駿河台道灌道から、明大通りを御茶ノ水駅に向かって進みます。明大通りのとちの木通りを曲り、かえで通りを折り返し、御茶ノ水駅に戻ります。

お茶の水駅から、本郷通りを下り、御神輿は太田姫稲荷神社に戻ります。

かなり長い距離なので、氏子の人に「すべての道のりを御神輿を担がなければならないのか。」と尋ねると、

「町会の区域ごとに町会の氏子が担ぎ、町会の区域を超えると、次の町会に引き継いで、御神輿が太田姫稲荷神社に宮入するのだ。」と教えてくれました。

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