編集室だより

皇居東御苑

2016年 3月 21日by  島田 敏樹
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天気がよく、暖かくなったので、皇居東御苑に行ってみることにしました。皇居東御苑は、江戸城の本丸、二の丸、三の丸のあった場所です。

江戸城は、太田道灌が築造し、徳川氏によって改築された平山城。
太田道灌は、室町幕府の関東管領の上杉家につかえ、上杉家のお家騒動を鎮めて声望が高まり、それゆえ主君に殺されてしまいます。
太田道灌の死後、上杉家のお家騒動は再発し、その隙に、関東は北条早雲に乗っ取られてしました。その後、豊臣秀吉の小田原攻めに従軍した徳川家康が入城した頃には、江戸は、荒涼としています。江戸城は徳川家康のよって造成されました。

神保町から錦橋を渡って、内堀通りに出ると、皇居が見えてきます。内堀通りから平川門に行き、札を貰い江戸城の内堀の中に入ると梅林坂を登りました。

3月になり、やっと暖かくなり気持ちのいい天気です。梅林坂に出てみると、2月に咲いていた梅の花は散り、梅の木は枝だけになっていました。
梅林坂を上ると本丸の巨大な天守閣跡が見えます。団体の観光客、カメラを持った外国人の家族ずれなどが歩いていました。

天守閣跡から、先に進むと、皇居東御苑の広大な芝生が広がっています。芝生に座って弁当を広げている人がいました。

本丸の大芝生を超えて、大手三之門跡を通ると三の丸に出ます。三の丸には、大手門の休憩室がありました。大手門休憩室には売店もあります。自売機で、お茶買い飲みました。休憩室を出て、三の丸に出て大手門から札を返して、内堀の外に出ます。内堀の外を歩いて行くと桜田巽櫓が見えました。
桜田巽櫓は、石垣の折れ曲がるところにある隅櫓で、水面にその姿が映る美しい櫓です。

桜田巽櫓を超えると、桔梗門が見えました。
そこから、坂下門を左手に、松が生い茂る皇居前広場を歩いていくと、二重橋の前に着きます。二重橋は、正門鉄橋と眼鏡橋との2つの重なる橋をいい、眼鏡橋は美しい西洋的な石橋でした。
二重橋から、皇居外苑の楠木正成像へ行き、楠公レストランでドリンクバーを頼んで、コーヒーを飲んで、大手門に戻り神保町に帰りました。

造成された江戸城は、広大な外濠の内側に城下町がつくられます。城下町の東には、町人や職人の住居、西には旗本屋敷を建て大阪方に備えました。
旗本屋敷には、神保伯耆守のお屋敷もありました。
神保伯耆守の御屋敷は、明治維新後、神保町になるのです。

神保町おさんぽ地図

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