神保町ガイドツアー活動記

九段下ビルのいま(2012年1月14日現在)~解体までの物語~

2012年 1月 18日by  ニャミ子
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そこはかとなく町歩きをしているといつも、バーチャルにない情報収集ができる。
それは、カラオケで歌本をぱらぱらするのと似てて
思いがけないネタに出会えるのだww

今回は九段下ビルのおはなし。
解体の噂は去年の12月に酒宴でちらっと聞いて気にはなったものの
そのままになってた。

―ピンホールカメラをつくってガイドツアーするんだけど
神保町でどこか絵になる、レトロなロケーションない?ー

 
いろいろ候補があがったなかでのひとつ。
ビル名とすぐにリンクしなかったけども
じつは以前から配本の度に写真を撮ってた建物だった。
しかも結構有名な建物らしー。
千代田区観光協会のHPでも紹介されてるのに恥ずかしながら全然知らなかった。

 
九段下ビルっ。囲われてるー。


裏に回ってみるとのこってたww


これはブログに是非載せなきゃと、ビルのこといろいろ検索してみた。
九段下ビルは1927年に建てられただそうだ。

そして、こんなブログを発見。
九段下アトリエブログ: http://kudanatelier.blog.fc2.com/page-1.html

こんなアートスペースがあったとは…
(できれば自主映画の撮影にも使ってみたかった)

ahh、行ってみたかったa…もっと早く知ってれば…と
悔やまれるばかり。
それに本当は今回のガイドツアーでもコースに入れたかったんだけど
さすがに2月末じゃあ跡形もないよね…(残念)
「九段下ビル跡地です」って案内しようかな?

そして最後の住人、画家の大西さんのコメントがぐっとくるのだ。
「アメリカで友人の家を訪ねると、まず自分の家がいかに古いかを自慢する。だから彼らはこういう古いビルを見れば、なんとしても住みたいと考える。そういう魅力を、地上げする人たちはわかってくれない」。また明治時代に取り壊し予定のあった姫路城(現在は世界遺産)と同じように「自分たちの行動が100年後、200年後にわかってもらえるのでは」と(ニコニコニュースより引用)

資本主義というのは、ときに文化をこわしてしまう。
たしかに震災もあったし、居住スペースとしての安全性は心配だけれども
たくさんの人に愛された「文化としての建造物」だった。
わたしのような凡人が何とかできる代物ではないが
モノは壊してしまったら、もう戻らないから
せめて、この出来事を文章にして残しておきたい

そして、もうひとつこのビルをめぐって、最後の最後まで

アートを武器に文化的な戦いが行われ
そこにあらたな結びつきや活動の機会が生まれたことは
とても素晴らしいことだと思うのである


九段下ビルForever♥

神保町おさんぽ地図

神保町おさんぽ地図はこちら(PDF)

コメント

  1. いよいよ解体ですねー。残念です。
    3年前くらいは、九段下ビルよく探検隊してました。
    屋上登ったり、ライブがあったり、なつかしいなぁ。
    画家さんの部屋にも取材に行ったこともありました。当時2Fには漫画家さんの事務所もあったんじゃないかな。
    1Fにあった「東京珈琲」も、「カリーナ」のナポリタンも食べられないのか…、さみしいですね。

    By 石川 Date 12/01/25 20:47

  2. 私の父、福持貞孝(フクモチサダタカ・現在は故人)は生前、同九段下ビル内にて「九段歯科」を九段下ビルの終わりまで開業していました。
    今は二重に悲しいです。

    By 福持貞保 Date 18/01/8 21:53

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