編集室だより

神保町レトロ建築さんぽ

2018年 7月 1日by  島田 敏樹
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例年より早い梅雨が明け、夏を迎えることになりました。そんな6月30日おさんぽ神保町の編集長の主催する街歩き神保町レトロ建築さんぽに参加しました。
今日は、山の上ホテルにも立ち寄ると言われたので、30度を超える暑さの中スーツを着て待ち合わせ場所の神保町駅A9出口へ行ったら、みんなは軽装できていました。

最初に学士会館へ行きます。
昭和3年(1928年)関東大震災後、高島屋を建てた高橋貞太郎によって建てられた震災復興建築。
外壁の1階は石造り、2回以上はスクラッチタイル。
スクラッチタイルは耐震性の弱い煉瓦に代ってコンクリート造の普及とともに当時はやった建材です。
窓のデザインが特徴的で、2・3階が直線的なのに対して、最上階は二連アーチ+半円形に突き出した台が見えました。
学士会館で食事をしてから、白山通りを渡りから、山形屋紙店の蔵に行きました。
大正元年(1912年)煉瓦造3階建ての建物。蔵は紙を保管する倉庫に使われています。
明治、大正期は明治政府に雇われたお雇い外国人の影響で、 煉瓦造りの建物が続々と建てられました。

この蔵が建てられた3年後に東京駅も煉瓦造りの建物として竣工します。
しかし、関東震災で煉瓦造りは壊滅的被害にあい、学士会会館のようなクラッチタイルがはやっていきました。

山形屋紙店の蔵からさくら通りに出ました。
さくら通り沿いの旧相互無人会社本社ビル(旧わかしお銀行別館)が見えます。
昭和5年築のこのビルもスクラッチタイル貼りです。
1階のアーチ窓が特徴的です。

さくら通りを横断し、靖国通りに出ました。
昭和3年築の木造モルタル造3階建ての矢口書店・古賀書店を観た後、

一誠堂書店へ行きました。
大正2年の神田大火と事関東大震災を経験して建てられた重厚な店舗、昭和6年築の鉄筋コンクリート造の5階建ての建物です。
1階2階が店舗となっていて、2階に立ち寄り、おさんぽ神保町の24号に出て頂いた酒井さんのお話しを聞きました。
1階の店舗は、映画関係の本等普通の書店を扱っていますが、2階は、美術書、古写真、古典籍,縮緬本などを見せてもらいました。
一誠堂を出て、十一軒長屋のうち現在残っている二軒を見て、

すずらん通りに向かいます。そこで、看板建築の(元)鶴屋洋服店、富山房の本の形の窓、文房堂をみて、南洋堂に行きました。

南洋堂書店は、古書及び新刊の建築の本を取り扱う書店です。
建物は昭和55年(1980年)竣工、パキスタン最高裁判所等を手がけた土岐新氏の設計。1階に大きなガラス窓があります。
ここに立ち寄り、おさんぽ神保町25号の企画に協力して頂いた書店員の関口さんにお話しを伺いました。
建築の街歩きの本などを紹介してもらいます。

この後、神田教会にも立ち寄る予定でしたが、時間の都合で山の上ホテルに行きました。
山の上ホテルは、原稿の締切が間に合うよう作家の先生が缶詰にされたホテルです。

みんなこんなホテルなら缶詰めにされたいと言っていました。
チャペルに、池波正太郎先生の行きつけのバー、最後に水出しコーヒーを飲みました。

神保町おさんぽ地図

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