本の街・読書人の会

【読書日記007】失うものと失わないものを学ぶ-「夏の庭 -The Friends-」

2009年 8月 27日by  sugiyuzu
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こんばんは。
本日の1冊はコチラ↓

夏の庭―The Friends 湯本香樹実 新潮文庫

そろそろ夏休みも終わりでしょうか。
小学校の自由研究、慌ててやっている人もいるかもしれません。
この「夏の庭」は、小学生3人組が人間観察をする物語です。

しかも、普通の人間観察ではありません。
「人の死」を観察しよう、という大胆な話。
手法も大胆で、年取った老人の様子を庭を隔てて観察するという、
普通に考えたら無謀な計画です。

なぜ、人の死について観察したくなったか?
それは仲間の1人のおばあちゃんが亡くなったことがきっかけです。
「人は死んだらどうなるのだろう?」
という素朴だけど深いテーマを追いかけます。

主人公の木山は、最初は乗り気ではありませんでした。
でも、仲間の行動に心を動かされます。
何と、生と死の疑問を解消するために、橋の上の手すりに上ったこと
を告白したのです。
そのときの感想を、こう言っています。

「その時おまえらのことを思い出したんだ。
そうやって、死ぬっていうのがどういうことかもしか知ることができたって、
おまえらに話せないもんな、死んじゃったら。」(P21~22)
話を聞いた木山は、心を動かされます。

「やっぱりやつはちょっとヘンだけど、ただこわがっているだけの
ぼくなんかよりは、ずっとずっとすごいやつだと思ったのだ。
知りたいことがあるのなら、知る努力をすべきだ。」(P22)
素晴らしい行動力と、素晴らしい気付きだと思います。
やはり人を動かすには、自らが行動することなんですね。

そして、おじいさんを観察することになるのですが・・・
予想通り、あっさり発見されます。
気付けばおじいさんと庭で過ごすことになっていました。
最初は雑用のように、いいように使われてしまいます。
ゴミを捨てながら、木山がこう考えます。

「変化にも『いい変化』と『悪い変化』があるんだろう。」(P51)

同じ発酵するのでも、味噌や納豆、お酒はいい変化であるのに、
ゴミは発酵するとイヤなにおいだと感じます。
人間も絶えず変化していますが、当然「いい変化」と「悪い変化」があります。
大切なのは、それをきちんと受け止められるか、ではないでしょうか。
ゴミなら、捨てることで解決できます。
同様に、常に起こる「悪い変化」をどう処理していくのか。
きちんと「ゴミ箱」を用意しておかなければいけませんね。

さて、おじいさんと一緒に過ごすようになって、たくさんの学びがありました。
今まで「死」についてネガティブだった3人は、違う視点で考えられるように
なっていきます。

「もしかすると、歳をとるのは楽しいことなのかもしれない。
歳をとればとるほど、思い出は増えるのだから。」(P155)
おじいさんと過ごしていると、ちょっとしたことでも気付きや学びを得られます。
そうして一つひとつ感心しているうちに、もっと知りたいという欲求が生まれます。
皆さんも、こういう経験ありませんか?

私は小学生まで、祖父母も一緒に暮らしていました。
その頃のことを思い出すと、やはりいろんな学びを得ていたのだ、
ということに気付きます。

しかし、一番の気付きは、やはり「生と死」の問題に行き着きます。
楽しく過ごしていても、潜在的に考えてしまうのかもしれません。

ふと、木山は人間の生と呼吸について考えます。
おじいさんは、自分はあとどのくらい息をするのだろうか、と。

「ずっと昔、ぼくがまだ小さい頃、死ぬ、というのは息をしなくなる
ということだと教えてくれたおじさんがいた。
そして長い間、ぼくはそうだと思っていた。
でも、それは違う。
だって生きているのは、息をしているってことだけじゃない。
それは絶対に、違うはずだ。」(P100)

そして、おじいさんが死んでしまってから、こう考えます。

「ぼくも、『もしおじいさんだったら』ということをあいかわらずよく考える。
すると、自分ひとりでくよくよ考えているよりずっと、
すっきり答えが出てくるのだ。」(P207)

西加奈子さんの「あおい」 (小学館文庫)に、こんな一節があります。

「あたしがここにいることを、自分の体を抱きしめて座り込んでいることを、
誰かに気付いてほしかった。
何も言ってくれなくていいから、ただ、あたしがここにいることを
知ってほしかった。」(「あおい」 P115)

人間は、その存在を知ってもらうことを求めているように思います。
生きている間は、自分が知ってもらいたい、と。
逆に死んでしまうと、存在を意識してもらえるようになれるのかもしれません。
私は父を早くに亡くしましたが、まだ父は心の中にいます。
自分の中では「生きている」のです。

それが、息をしているだけが生きていることじゃない、ということです。
少なくとも、私はそう実感しています。
木山が「もしおじいさんだったら・・・」と考えるのも、その一つの表れ。
人は失って得るものもあれば、得ることで失うこともあります。
単純に、失ったら全てが無くなるのではありませんね。

とても感動的で、得るものが多い1冊。
夏ももう終わりですが、昔に戻った気持ちで読んでみて下さい。

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