映画の街・シネマクラブ

坂田監督とヘザーさんが映画『沈黙の春を生きて』製作発表記者会見

2011年 8月 25日by  竹内みちまろ
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沈黙の春を生きて

 岩波ホールで9月24日から公開されるドキュメンタリー映画『沈黙の春を生きて』(2011/日本)の製作発表記者会見が23日、都内で開催。坂田雅子監督(63)と、出演者の米国人ヘザー・バウザーさん(38)が、同作の概要を紹介した。

 『沈黙の春を生きて』は、ベトナム戦争時、ゲリラの活動拠点壊滅を目的に散布された枯葉剤の影響を取り上げ、タイトルは、農薬ら化学物質の危険性を、鳥の鳴き声がやんだ春として訴えた書籍『沈黙の春』(原題:Silent Spring/著者・米作家レイチェル・カーソン)からとっている。

 冒頭、あいさつに立った坂田監督から、2003年に夫のグレッグ・デイビスさんを急な病で亡くし、その原因が枯葉剤にあったことを知ったエピソードが語られた。枯葉剤とは何だったのかを知るため、主にベトナムを取材した前作『花はどこへいった』(2007/日本)を製作、枯葉剤の被害が地域的にもベトナムをはじめ広範囲に及んでいることに気がついたことが語られた。情報収集を進めるなかで、枯葉剤の被害者を助けようというグループを通してヘザーさんと知り合い、アメリカのベトナム帰還兵やその子らを取材した今作の製作にいたったことが紹介された。

 併せて、坂田監督から、今作のタイトルを決定した経緯が、50年前に『沈黙の春』によってもたらされた警告が受け止められていないのではないか、それならば、現在にしていることが50年後の未来に大きな被害を及ぼすこともありえるのではないか、という懸念や危惧を覚えたことにあることが語られた。編集が最終段階にさしかかったところで、福島第一原子力発電所の事故が発生したという。

 会見では、ヘザーさんから、映画製作に関わることで、「私の家族や周りの人々に起きた数々の出来事をグローバルな視点から見直すことができました。私と家族に起こったことは1人ではないのだと感じることができました。世界中でダイオキシンの被害に遭っている方々と接する中で、自分の声を見つけたことをうれしく思います」などの言葉が述べられた。福島などの被災地域を訪れた印象は、未来への恐怖、放射能への恐怖、家畜や土地への影響という目に見えない恐怖を人々の中に感じ、心が締め付けられたことが語られた。

 質疑応答では、被害者として活動するうえで大切なことを問われ、ヘザーさんから、正確な情報を得ることや、受け身や無関心にならず質問し続けることの大切さが強調された。被災地を見て日本の人々へ伝えたいこととして、ヘザーさんから、「厳しい困難があれが強くなれることは真実。被災地での活動を見て勇気を得た。知識を増やしながら、強くなってほしい」と告げられた。

 また、ヘザーさんは心理カウンセラーと美術教師の資格を持つが、表現することと、問題を解決することの接点も紹介された。ヘザーさんは子どものころ周囲に溶け込むことができなかったが、いつも、絵に対する情熱を持っていたことが語られた。「(ヘザーさんが描いた)絵を見ることで、障害を乗り越えて、私自身を見てくれる。表現することで、障害を乗り越えることは可能だと思う」

 坂田監督は、『沈黙の春を生きて』を製作するにあたり、何かを主張するという意図はなく、現実をありのままに記録したという。その坂田監督から、映画を作ることで人々とつながりが生まれ、上映することでさらに多くの人々とつながることが紹介された。(当日の会見をはじめとする)対話をすることによって、社会が少しでもよい方向へ向かったらよろこばしい旨が述べられ、会見は終了した。

●岩波ホール:http://www.iwanami-hall.com/contents/top.html

竹内みちまろ

沈黙の春を生きて

沈黙の春を生きて

映画『沈黙の春を生きて』より、(C)2011 Masako Sakata/Siglo


 

 

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