夏目漱石『門』(その1) |
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| 2008年 10月 1日by 深津 | ||
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本の街・神保町は、文学にゆかりの深い街です。
このブログでは、小説中に描かれた神保町界隈を、昔と今を対照しながら紹介していきます。それと同時に、作品のみどころ(読みどころ?)や作家紹介など、読書案内的なこともしていくつもりです。
もっとも、ライター自身、泥縄の手探り状態……。こま切れ更新必至ですが、よろしくお付き合いください。
さて、記念すべき第1回。最初にとりあげるのは、やはり、誰もが知っている千円札の人・夏目漱石です。
猿楽町のお茶の水小学校(旧・錦華小学校)に、「吾輩は猫である。名前はまだ無い。 明治十一年 夏目漱石 錦華に学ぶ」という碑がたっていまね(写真)。
ほかにも、駿河台にあった成立学舎という予備校に通ったり、明治大学で教鞭をとったりするなど、漱石とこの界隈の関わりは深いものがあり、そんなことも影響してか、坊っちゃんの下宿先が小川町だったり(『坊っちゃん』、先生の散歩コースに「猿楽街から神保町の通り」が出てきたり(『こころ』)、注意深く読んでみると、漱石の小説にはお馴染みの地名が散見されます。
そんななかで、ここで読んでみたいのは、『門』(1910(明43)年)という小説に描かれた神保町界隈です。
この小説は、漱石のなかでは比較的地味な部類にはいる小説ですが、最近、『崖の上のポニョ』の宗介が、この小説の主人公・「崖の下の」宗助にちなんでいる、ということで(ちょっとだけ?)話題になりました。次回は、『門』のあらすじと読みどころを紹介します。









漱石の話にちなんで書き込みします。
「ゑゝ、そうそう、昨日眼醫者(めいしゃ)へいった所が、いつか君に話した可愛らしい女の子を見たね、-〔銀〕杏返しに竹なはをかけて-天気予報なしの突然の邂逅だからひやっと驚いて思はず顔に紅葉を散らしたね丸で夕日に映える嵐山の大火の如し」
これは、漱石が24歳の時に親しくしてた正岡子規への病気見舞いの手紙に付け加えた文章です。
漱石はトラホームの治療に井上眼科病院に通ってたのですが、そこの患者さんに恋心をいだいたようです。
この井上眼科病院というのが神田にあったとのことで、ネットで調べたら神田駿河台に同名の病院がありました。
そこに通院している人がおられたら確認してみてください。(^_^;)
By aim Date 08/10/3 14:30
aimさん、コメントありがとうございます。
ご指摘の通り、漱石が目の治療に通っていた「井上眼科」は、駿河台(新御茶ノ水)で現在も開業している「井上眼科」です。「井上眼科病院グループホームページ」というのを閲したところ、開設は1881(明治14)年。近隣に建つ「ニコライ堂」(1891年竣工)よりも歴史が古いことになります。
By 深津 Date 08/10/4 8:07